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プロローグ ②

last update Dernière mise à jour: 2025-03-10 10:43:17

「何、あれ?」

 リノアは立ち上がって、目を凝らした。

 何が起きているのか分からず、リノアは遠くに見える孔雀のように美しく燃える炎を見つめていた。

 火の粉が空高く舞い上がる。やがて、その一部が森の木に飛び移ると、次から次へと炎が燃え広がり、見渡す限り一面の炎となった。

 木々の隙間から熱風が吹き込んでくる。周辺の木々が一つ、また一つと炎に包まれ、リオナの逃げ道を狭めていく。

 炎と煙の壁がそびえ立ち、それらがゆっくりと近づいてくる……。

「熱いよ……」

 リノアは動くことができなかった。煙で息が苦しくなり、熱が肌を焼く。恐怖が彼女の心を支配した。

「お母さん……助けて……」

 小さな声で呟くが、誰も助けに来てくれない。

「お母さん……」

 諦めそうになった瞬間、再びあの声が聞こえた。

「大丈夫だよ、リノア。僕たちがいるから」

 突然、強風が吹き荒れ、炎が龍のように渦を巻いて上空へ舞い上がった。

 空が暗くなり、大粒の雨が大地を叩く。

「あっ、雨だ!」

 まるで自然がリノアを守るかのように雨が彼女を包み込んだ。

 炎が消え、煙が薄れていく。濡れた髪が頬に張り付き、リノアはその場に呆然と立ち尽くした。

「リノア、僕たちを感じて。僕たちもリノアと共にあるから。その気持ちを忘れないで」

声が優しく心に響いた。

 リノアは心の中でその言葉を繰り返し、そして言葉を発した。

「うん、わかった」

「でも気をつけて。僕たちの声が届かなくなる時が来るかもしれないから」

 風がリノアの髪を撫で、そっと飛び去った。

 リノアは母の言いつけの通り、母が戻って来るのを待ち続けた。しかし太陽が沈み、森が闇に包まれても母が戻って来ることはなかった。

「どこに行ったんだろう……」

 リノアは膝を抱え、オークの木にもたれかかった。リノアの呟きは風に溶け、自然の音だけが静かに寄り添った。

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  • 水鏡の星詠   命を繋ぐ分かれ道 ②

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  • 水鏡の星詠   命を繋ぐ分かれ道 ①

     風が唸りを上げ、砂塵が薄れゆく中、リノアとエレナは崩落した崖の縁に立ち尽くしていた。 目の前に広がるのは、かつての街道を無残に塞ぐ土砂の山。岩と土が積み重なり、道を完全に閉ざしている。周囲の木々が不気味に揺れ、まるでこの場を去れと警告するかのようにざわめいていた。 リノアの胸の奥で得体の知れない不安が渦を巻いた。硬質化した根や鉱石の謎が思考を絡め取る。「このままじゃ、アークセリアまでたどり着けない……」 リノアは視線を崖下に落とし、動かぬ旅人たちの姿に心を痛めながらも、思考を切り替えた。立ち止まることは許されない。この異変の真相をアークセリアのラヴィナに届けるためにも、先に進まなければならない。 リノアとエレナは顔を見合わせ、お互いの意志を確認するように小さく頷いた。 リノアは腰の袋から地図を取り出して広げた。風に煽られ、紙がバタバタと鳴る。 地図には峠を越える主要な街道と、幾つかの脇道や獣道らしき細い線が記されている。「どこか迂回路はないかな」 リノアが指で地図をなぞり、そして続けた。「少し遠回りになるけど、崖の西側に迂回路があるみたい 崖沿いの道ではない。地盤は安定しているはずだ。「獣道か……。あまり人が通らない道だね。獣に遭遇するかもよ」 エレナが地図を覗き込み、眉を寄せた。 旅人は安全な街道を通りたがる。獣道は途中にある集落の人が使う程度にしか使われていない。「それでも行かなきゃ。ここに留まっていても仕方がないし」 リノアの声は静かで揺るぎがない。 エレナは、それ以上反論せず、頷いて荷物を背負い直した。 森の薄暗い獣道の入り口で、リノアとエレナは集まった旅人たちと向き合った。 負傷者たちは応急処置を終え、岩の陰や木々の間に横たわり、痛みを堪えるように静かに息をしている。 崖崩れで塞がれた街道と、目の前に広がる不安定な獣道を前にリノアは逡巡した。負傷者を連れて迂回路を進むのは時間と危険を考えると現実的ではない。 リノアはエレナと視線を交わし、互いの考えを確認するように頷いた。「負傷者を連れて歩くのは難しい。負傷者をここに残して、私たちが近くの集落に助けを呼びに行くか、動ける旅人に私たちの村へ救援を求めてもらうか、そのどちらかだと思う」 落ち着いて見えるが、リノアの内には焦りがある。「集落の方が近いかもしれない

  • 水鏡の星詠   街道での危機 ⑧

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  • 水鏡の星詠   街道での危機 ⑦

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  • 水鏡の星詠   街道での危機 ⑥

     リノアは鉱石を見つめたまま、過去の記憶を呼び起こした。 星見の丘──あれは異様な光景だった。 鉱石のあった周囲の土は奇妙な色へと変化し、その部分に生えていた草木は硬質化し、枯れていた。 生命そのものが削り取られたかのように……「あの時と同じだ」 そう言って、リノアは腰の袋に手を伸ばした。 指先に伝わるのは、柔らかな布の感触──その内側に包まれているのは、星見の丘で手に入れた水晶だ。 リノアは直接触れないように細心の注意を払いながら、袋の口を開いて水晶を取り出した。 雲の切れ間から差し込む淡い光を受け、水晶がほのかに輝いている。 リノアは目線の高さまで、ゆっくりと水晶を持ち上げた。「やっぱり乾いてる……。じゃあ、ここにある鉱石に分泌液が付着しているのは、何故なんだろうね」 エレナはリノアが手に持っている水晶を見ながら言った。 沈黙が数秒続いた後、エレナはゆっくりと息を吐き、そして、リノアを見据えながら言葉を発した。「誰かが薬品か何かを付着させた。その直後のものってことじゃないかな」 エレナの声が張り詰めた空気に深く染み込む。「それか私たちが来る前まで少量の雨が降っていたとか」 そう言って、リノアは視線を落として考え込んだ。 鉱石の表面に残る分泌液──その不自然な湿り気がリノアの思考を巡らせる。「でも、周囲の土は乾いている。この鉱石だけが湿っているのは不自然……。いや、水分を保有する性質があるとするなら、それも有り得るか」 エレナの口調は冷静だが、内に秘めた警戒心が見て取れる。「だけど、エレナ……。これって本当に鉱石なのかな?」 鉱石に視線を注ぎながら、リノアは静かに言葉を紡いだ。 水晶の角度を変え、光の反射を確認する。その表面の異質な質感に、リノアの目がわずかに細められた。 鉱石──そう思い込んでいたが、心に引っ掛かるものがあった。『龍の涙』ほどではないが、この鉱石にはどことなく生命力を感じるのだ。 リノアの胸の奥に得体の知れない疑念が広がっていく。──もし仮に鉱石じゃないとするなら……これは一体、何なのか。 リノアは布越しに鉱石の表面を指でなぞった。──この硬さ…… リノアは周囲の変色した土へと視線を移した。 星見の丘で見た枯れた草木、変色した土──同じ現象がここでも起こっているのだとしたら……「ねえ、

  • 水鏡の星詠   街道での危機 ⑤

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